目指すは若手起業家の生態系づくり 「festivo」代表 塚本貢也さんに聞く | 東京IT新聞

目指すは若手起業家の生態系づくり 「festivo」代表 塚本貢也さんに聞く

エンタープライズ ベンチャー/スタートアップ

多様化の時代に最適化された起業家の生態系を作る――。会員数8万人、30代以下の若手が85%を占める国内最大の起業家コミュニティ「festivo(フェスティボ)」。個の特性を掛け合わせることでイノベーションが起きていく、新しい生態系を模索する、という塚本貢也さんに、開設の経緯や、時代に合わせた起業家サポートのあり方について聞いた。

“生態系”があるとはいえない分野を担いたい

若手起業家コミュニティ「festivo」 http://yen-japan.com/

 起業を志す若者にとって、異業種交流会やセミナー、研究会、イベントといったものへの参加は人脈やチャンスを築く有効な手段。ITベンチャーが集中する渋谷や六本木には、そんなコミュニティが揃い、シリコンバレーに倣(なら)った生態系が生まれつつある。

 一方で、きっかけを得られないまま埋もれてしまう人も少なくない。「毎年新しく生まれる企業の大部分、たとえばアパレルや飲食、農業など、まだ生態系があるとはいえない分野を受け止めるネットワークをfestivoが担いたいと思っています」。

 創始者の塚本貢也さんが目指すのは、個の特性を掛け合わせることでイノベーションが起きていく、そんな新しい生態系作りだ。

ナイフみたいに尖っては、触れるもの皆傷つけた青年時代

 塚本さんの存在は、登山初心者に寄り添う道先案内人のようで心強い。だが、次に飛び出したのは、「昔はとんでもなく尖っていて、人間なんて大嫌いだった」という驚きの発言。若手支援に行き着くまで、どんな紆余曲折があったのだろうか。

 「僕は若いころ、とにかく攻撃的で、それこそ触れられたら殴り返すくらいの勢いでした。周りが楽しくやっていても、専門書を読みあさってどうやったら周囲から抜きん出るかばかり考えていたんです」。

 大学で情報工学を学んだあと、塚本さんは日立メディコに医療機器のエンジニアとして入社。その攻撃性とともに、研修論文が社内で20年ぶりに特許を取得したり、新しく医療の研究会を作ったりといった活躍もあり、役員や同期の注目を一身に浴びていた。その後、幹部候補者制度が取り入れられた時流もあって、25歳という異例の若さでシンガポール駐在に抜擢された。

お金とともに友人を失い、幸せについて考えだした

 「そのころは相当図に乗っていましたね。過去最年少で海外に行き、バリバリ仕事をこなして給料も3倍。株を買ったらさらに20倍になって。昼間からビーチへ行ってみたり、高級レストランでワインを飲んでみたり、湯水のようにお金を使っていました」。

 しかし、そんな日々を送る自分に、心の片隅で違和感を感じていたという。確信に変わったのが、2006年の“ライブドア・ショック”だった。

 「僕も資産の大部分を失ってしまったんですが、それ以上にショックだったのが、周りの友だちがみんないなくなってしまったことでした。お金でつないだ友だちなんてその程度かと思ったら、人の幸せってなんだろうと考え出して……。見かねて『人を育てるために生きた金を使いなさい』と諌めてくれる人がいたので、残りの資産で起業家の支援を始めたんです」。

投資活動の中で、理想のパートナー・渡邉涼一さんと出会う

 お金の無力さも知り、投資活動を通じて、おもしろいサービス開発に努力する人々に接していくことで、塚本さんのなかに、明らかに今までとは違う価値観が芽生え始めた。

 なかでも運命的だったのが現festivo副代表で、無料のネットショップ運営サービスで話題を集めるBASE株式会社のCTO(最高技術責任者)でもある渡邉涼一さんとの出会いだった。

 「僕らはどちらも好き勝手なことやってますが、僕が突っ走ると彼がブレーキをかけてくれるんです。喧嘩は絶えないけど、彼と話してるとすごくクリエイティブな発想が湧いてくるんですよね」。

エリートコースからの独立、festivoの誕生まで

 投資活動を続ける一方、その後も塚本さんは会社で順調に出世を重ね、08年からは九州で技術マネージャーとして活躍。だが、企業の中でできることに限界を感じるようになり、若手支援に集中するため独立を決意。11年12月、festivoを生み出した。

 「僕がfestivoを始めたとき、周りからは『また道楽か』とバカにされました。頭にきたけど、実績がないから何も言い返せない。だから、サービスを認知して頂くため、全国でイベントを開催してまわりました」。

 地道な啓発活動の末、festivoは2年で約8万ものアカウントを抱える起業家コミュニティへと成長した。

人と人が深くコミュニケーションをとれるプラットフォームに

 「今までは、大企業の中で出世していくのが主流だったと思います。でも、これからは会社のような枠はあやふやになって、様々な才能を持った個人が、そのつど集まったり離れたりしながら、自由にプロジェクトを立ち上げる世の中になると思っています。僕は周りから人がいなくなった時、自分はひとりで死ぬのか、誰からも本当には必要とされていないのかと本気で怖くなったんです。もう生物として“オワコン”(終わっているコンテンツ)じゃないかって。今まで追い抜くだけの存在でしかなかった他者が、いかに自分を形づくっていたか……。だから、festivoは人と人が深くコミュニケーションを取れるプラットフォームにしたいんです」。

 塚本さんの目線は、とても数年前まで自分が勝つことばかりを考えていた人のものとは思えない。痛みを知ったことで、プライドと偏見を見事に捨て去り、多くの弱き者を受け止める器そのものになった。

医療現場で思った、人間の自然な寿命は40歳

 さらに人生観をこう語る。

 「医療の現場にいて思ったのが、人間の自然な寿命は40歳くらいじゃないかということ。僕は、20代はプレイヤーとして自己に集中し、好き勝手なことをしてきました。今35歳ですが、40歳以上の寿命を授かりものだとすれば、もう何かを残す段階にきているんだと最近考えます」。

 もはや定年退職後のような発想。だが、生物としての純粋な寿命で考えると、人生のなんと短いことか。塚本さんが生き急いでいるのではなく、人生80年と思い込んでいる自分の生が、だれきったカセットテープのように思えてきてハッとする。

 尖ったナイフは捨てたものの、好き嫌いやこだわりが激しかったり、彼の脳は、きっと一生そういうものでぐるぐる回り続ける。しかし、もう自分の中だけで完結することはないだろう。渡邉さんという補完し合えるパートナーを得、周囲を巻き込みながら、塚本さんの生態系作りは続いていく。

一般社団法人festivo 代表理事 塚本貢也 氏 1978年生まれ、熊本県出身。日立で大型医療機器のフィールドエンジニアリングを担当。シンガポール駐在を経て、東九州筆頭主任。2006年頃より若手起業家らの支援を開始。11年からは独立し、国内最大の起業家コミュニティ「festivo」を運営する社団法人を創業。
《齋藤 玲乃》

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