<IT坊主の説話>実は「経営」や「経済」は仏教から生まれた用語だった | 東京IT新聞

<IT坊主の説話>実は「経営」や「経済」は仏教から生まれた用語だった

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IT界と仏教界を経験した現役僧侶の“IT坊主”こと牧野豊潤(ほうじゅん)氏がITビジネスで役立つ「説話」を連載。世の中でもっとも新しい業界であるITの世界に、2500年の歴史を持つ仏教の教えは通用するのでしょうか――。今回(第15回)は、企業用語と思われていた「経営」や「経済」「利益」が実は仏教用語であったことの意味を考えます。

人として生きる道(人生)を説いている経典

 「経営」とは「方針を定め、組織を整えて目的を達成するよう持続的に事を行うこと及び、事をなしとげるために考え実行すること。特に事業を営むこと」などの意味で、少し柔らかい表現では「活動の方針や目的を決めて、組織の運営を行い、達成しょうと尽力すること」になります。今日的表現では「経営とはマネジメントなり」ということです。

 経営という言葉は仏教用語です。お釈迦さま(仏教の開祖)をはじめ、諸仏の説いた教えが書かれているのが経典というのは一般的な理解であり、周知のことです。

 その教えとは、お経を営み(教えを実践する)、衆生(しゅじょう:一般の人)を善い方向へ導くことを柱として、人の育て方や考え方、生活態度、修行のコンテンツや所作・作法に関することなど多岐に渡っています。しかし、「人を導く前に自分自身の生き方を定め(しっかり持って)物事を営み、誠意を尽くして励むことが大切であること。ゆるぎない信念で筋が通っている状態(フィロソフィー=哲学として一貫している)を持ち続けることが必要」としています。

 つまり、「何のために生きているのか、自分自身をどう生かすことが大切か、人としてどのようにあるべきかなど、よくよく考える必要があり、これが人として生きる道(人生)」と説いているのです。

 これらの教えを基本として、その解釈や由来については各種あります。

「経営」は筋道を通し、行動で現すことをいう

 「筋を通した生き方」という表現があります。この有り様(よう)を仏教では、「己(自分自身)の人間経営」としています。

 “経”とは「筋道(道理)を通すこと」であり、“営”は、それを「行動に現す」ことです。これが仏教的な教えです。

 教育(寺の修行)ではこれらのことを「布」に例えて、経は織物でいえば縦糸のことで、縦に筋がしっかり通っている様子(正しい筋道、正しい道理)を示していて、営は横糸で、自由奔放(じゆうほんぽう)に動く様子のことをいいます。縦糸がしっかり通っているからこそ横糸は動けるもの。縦に筋が通っているといっても、命令系統というという意味ではなく、「一貫して筋道が通ってぶれることのない状態である」と解説しています。

禅寺では行事の運営を“経営”と呼んでいた

 また経営は、仏教の起源であるインドから伝わった言葉ではなく、禅宗の寺から生まれた言葉で、大きな法要を行うときの運営がスムーズに行くように取り組む(現代でいう「マネジメント」)ことを経営と呼んだのが言葉の起源という説もあります。

 いずれにしても、現代風解釈でいうと、「人として何が正しいかを考えて判断し、活動、運営する」ことが経営です。経は“教えや筋の通った考え方”で、営は“活動や運営”などと捉えていいでしょう。

 現在のように、私たちが企業活動の意味で使うようになったのは、後々になってからです。

 このような云われもあって、ビジネス上での捉え方の一つに、「不変の縦糸(縦軸)、可変の横糸(横軸)」とも言われます。

 縦糸は、時が経っても「変わらないもの」「変えてはいけないもの」とされ、創業の精神や理念、または伝統や価値観などを指しています。

 横糸は、時代に合わせて「変えていくもの」「変えなければいけないもの」で、テーマを変えながら様々な分野にチャレンジしていくというものという捉え方が一般的で、組織運営の基本を言い表したものです。

あなたの組織の「縦糸」と「横糸」は何?

 情報(Information)も技術(Technology)も激しく進化や変化をし、しかも大量にかつスピード感とともに柔軟性が要求される現代、組織運営は、一見よさそうに思える「楽しく、自由奔放」(横糸)だけでは長続きしないものです。

 企業は将来に向かって存続させることに意味があるとともに、社会に対する使命があります。

 信念ある柱(縦糸)の存在は企業活動を強固に支えます。進歩や存続のためには社会情勢や時代に応じた柔軟さ(横糸)が必要です。そのためには、これらを上手く使う(運用する)手腕(Communication=人)が要求されます。つまり、経営には人の働きが重要です。

 日本では人口減少が大きな課題になっています。各企業にとっては、先々経営を担う人をどのように確保し、どのように育てるかが従来にも増して深刻な時代になっています。

 たとえば、ITの一層の活用により、対応できること(分野など含む)がたくさんありそうです。自社(企業)の強み(縦糸)を基盤としつつ、既成観念にとらわれずアンテナを高くして裾野を広げ(横糸)、将来に備えることも重要です。

「経済」も「利益」も仏教用語から生まれた

 経営に密接に関連するものとして「経済」や「利益」があります。これらも実は仏教用語です。

 経済の語源は「経世済民(けいせいさいみん)」に由来しています。

 「世の中を治め、人民を救済(喜びを与える)すること」という意味合いがあり、天下人(びと)が、リーダーシップを発揮して、国を治めることを意味していることが語源になっています。

 経営の結果(成果)としての目標はやはり利益(りえき)です。経営目標に利益がない企業はありません。企業にとって利益は重要な指標です。

 仏教では、「利益(りえき)」を「りやく」と読みます。“ごりやくがありますように”と言いますが、まさにそれです。

 この場合の、「りやく」とは、仏さまや神さまにお参りし、その結果として病気が治る、商売が繁昌する(りえきをもたらす)、ためになる、与えられる恵みなどなど、善行の結果として得られるものという幅広い意味合いがあります。

 このように紐解くと、「りえき」は「ごりやく」の一部ということになります。しかし、何事も他人任せで、種を蒔かず、肥料もやらないで、実(み)ばかりを欲しがる組織体質であったとすると、いずれ社会から置いてきぼりにされたり、見放されることになりかねません。

 やはり、智慧を使い、汗水を流し、認められ、信頼される組織でありたいものです。起業(創業)時の精神は忘れることなく、時には振り返りも。合掌

《牧野豊潤(まきの・ほうじゅん)》

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