<IPO専門家が教える>日本企業が海外市場に新規上場する際の壁 | 東京IT新聞

<IPO専門家が教える>日本企業が海外市場に新規上場する際の壁

エンタープライズ 経営

企業でのシステム開発者を振り出しに、営業トップや経営者として上場を果たすなど、IT界で多彩な職歴を持つ株式公開コンサルタントの高橋諭氏。ITベンチャー経営者の視点からIPO(株式公開)の苦労とコツを伝授していきます。第9回も引き続き、日本企業でありながら英国ロンドン証券取引所の新興市場である「AIM(エイム)」に上場した筆者の当時の苦労や問題点などをご紹介します。

企業買収を進めるためロンドンAIM上場を急ぐ

英国ロンドン証券取引所のWebサイト
  前回の記事では、約10年前、ある指紋認証技術開発企業の事業再構築のため、ロンドン証券取引所の新興市場AIM(エイム)上場を目指す会社を設立して私が社長に指名され、諸デューデリジェンス(ビジネスや法務、財務に関する企業評価)など準備作業も順調に進んでいたことを書きました。  この会社の上場を急いだ理由は、事業再構築のための資金獲得が主ではありましたが、そのほかにも大きな理由がありました。  それはこの会社が指紋認証の基礎技術をもとに、国内外の関連企業の買収による成長を基本的なビジネスモデルにしていたからです。

上場企業なら企業買収に「株式交換」が利用できる

  企業買収には様々な手法がありますが、買収元が上場企業であれば企業買収の有力な手段である「株式交換」による企業買収が可能です。  仮に買収元企業(以下A社)が上場しており、時価総額が200億円の評価を得ていたとします。  すると発行済み株式の10%に相当する新株を発行し、買収先企業(以下B社)の株主との株式交換によって、キャッシュを使うことなく時価総額20億円規模の企業の全株式買収ができてしまうのです。 (1)A社が20億円相当の新株を発行する(2)B社全株主の保有株式とこの新株を交換する(3)B社旧株主はA社株主となり、B社の全株をA社が取得  もちろんこれらのことが実現するためにはB社全株主の同意や株価評価など多くの前提はありますが、原理としては、資本構成を大きく変更することなく“株券を刷るだけ”で時価総額20億規模の企業が買えてしまうわけです。  未公開会社では、交換のための株価評価が難しく、また交換に応じても売却の見通しが立たないため、株式交換による企業買収は事実上困難です。  このように企業買収を進めようとする場合、買収側が上場企業であればより効果的な手段を選べます。このことも上場の大きなメリットと言えます。

「株主が売買できない!」上場直前に難題発生

ロンドン証券取引所の新興市場「AIM(Alternative Investment Marke)」のガイドブック(PDF
  さてAIM上場のための準備を進めるなか、私たちの会社は、AIMの特長でもある上場直前増資(Pre IPO)を約6億円の規模で実施しようとしていました。  しかしこれを進めようとしているなか思わぬ“難題”が待ち受けていました。  AIM上場を目指すにあたって、「日本人の株主による市場での株式売買は、日本の証券会社を通じて何の障害もなく行える」とロンドンの法律事務所などに確認していたのですが、実際に日本の証券会社にあたってみると、個人が持つAIM上場企業株式の取り扱いを行っている証券会社は皆無だったのです(法人株主の売買は可能でした)。  上記の回答を行ったロンドンの専門家にあらためてこのことを伝えると「何だ、10年前のブラジルと同じか・・・」とのこと。仮に上場しても株主が売買できないのでは話になりません。  もちろん、日本企業が海外の市場で株式を上場するためには、日本で発行した日本語の株券が流通するはずもなく、これを「預託証券」に換える必要があります。この手続きすら不可能でした。

自国以外の市場で株式流通させるための預託証券

  預託証券とは、上場企業が自国以外の市場で株式を流通させるために発行する証券です。  ニューヨーク証券取引所(NYSE)には、NTTやソニーなど、日本の錚々たる大企業が20社近く上場していますが、これらの企業は上場に際してNYSE向けに新株を発行し、預託証券に換えた後、NYSEに取引可能な投資家に売却しています。以降、米国上場企業の株式とまったく同等に売買が行われます。  このケースでは、上述のような既に日本人株主が保有している株式を預託証券に換える必要もないのです。

大手証券会社から「取り扱いはとても無理」

筆者が取材を受けた際の英「フィナンシャルタイムズ」
 規模を問わず、いくつもの証券会社と接触しましたが、依頼事項、すなわち発行済日本株の預託証券への変更と、その売買の意味が通じることすら少なく、ある大手証券会社の常務からは、「AIM株を扱うのであれば全支店で同等に扱いうる体制を作らねばならず、とても無理」と言われ断られたりもしました。  約2カ月間、このような交渉が続き、ロンドン証券取引所から既に上場発表もあったのですが、延期に次ぐ延期で、ホームページへの度重なる上場延期ニュース掲載もせねばならず、株主への“釈明”など、随分困り果てた時期もありました。  こうしたなか、ある新進の証券会社が取り扱いを引き受けてくれることになり、遂に最大の問題が解決。資金も調達できて、とうとう上場の日を迎えることとなりました。  上場日の前日、フィナンシャルタイムズの取材を受け、上場当日には「AIMの国際性が、とうとう日本にも及んだ」という趣旨の記事が掲載されました。日本企業の初上場はそれなりのインパクトがあったようです。

多くの日本企業は英国領に持株会社を設立

  この上場以降、日本企業の上場が続きましたが、いずれの企業も英国領に持株会社を設立し、この会社を上場させているため、上場企業リストなどを見ても簡単には日本企業とは分かりません。  こうして当初の目標であった指紋認証企業の事業再構築のための資金獲得、そして株式公開は、多少時間こそ要したものの構想通りに実現されたのですが、運を使い果たしてしまったのか、上場の一年後、私は体調を損ね社長を退任しました。  本来、ある企業が海外も含め、どの市場に上場するかはその企業の将来に向けた戦略によって決められることで自由であって良いことと思います。しかし実際に海外市場に新規上場しようとすると、様々な障壁があることを感じたAIM上場への挑戦でした。
《高橋 諭》

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