<米国発:第5回>借金や投資は悪か?アメリカの年金制度から考える | 東京IT新聞

<米国発:第5回>借金や投資は悪か?アメリカの年金制度から考える

エンタープライズ 企業動向

米国の大手コンサルティングファームに勤務し、在米経験が15年になる筆者・廣瀬祐二氏がこれまでのビジネスや日常生活を通じて感じたグローバル人材としての生き方と難しさをはじめ、現地でのIT活用のあり方を紹介する連載。第5回は投資大国アメリカの年金制度を見ながら、IT活用のあり方や投資に対する考え方を探っていきます。

“貯蓄志向の日本”“投資志向のアメリカ”は本当

 日本では日経平均株価が2万円を超え、ようやく株式市場に明るい兆しが出て来たようです。  「NISA(ニーサ=少額投資非課税制度)」の導入など、国民の投資意欲を後押しするインフラ整備も政府によって進められており、日本を投資大国にしようとする安倍晋三政権の“本気度”は海外でも評価されているようです。   しかしながら、最近の調査では個人資産に対する株式などの有価証券の割合は、アメリカが46%だったのに対し、日本はわずか10%です。“貯蓄志向の日本”に“投資志向のアメリカ”といった従来のイメージ通りの結果。一般のアメリカ人は日本人に比べ5倍近い割合で有価証券を持っているということになります。  その数字だけを見ると、米国では普通の人でも個々企業の財務諸表を見比べて、企業研究をしながら株の売買にいそしんでいるように見えるかもしれません。  実際のところはどうなのか。アメリカ人の投資活動と、そこでのIT活用方法を交えながら見てみましょう。

若いうちから考えないと「国はアテにできないぞ」

 15年ほど前、私が米国で生活を始めるうえで戸惑ったのが日本とはかなり異なる年金の仕組みでした。  渡米直後はまだ30歳になる前。引退後の世界など現実感の無い“別世界”のことと思っていました。  こちらでは企業年金制度として一般的な「401K(確定拠出個人年金制度)」などの仕組みをしっかり理解しようとはせず、渡米後一年ほどは無視を続けていました。  それを見かねた私の上司は「アメリカは自助努力の国。若いうちから自分で引退後の設計を立てておかないと大変だよ。国はあてにできないぞ」とのアドバイスをくれました。  以後は重要性を認識し、多様な年金制度を理解するべく講義を受けたり、さまざまな本を読んだりして仕組みの理解に努めました。

自分の裁量でリスクを取り、リタイア後を設計する

 米国では従業員への企業年金の仕組みは日本とはかなり異なります。  日本では一般的に、現役時代の給与と勤務年数から算出された定額が企業から支払われます。  こうした“伝統的”ともいえる企業年金制度を持つ会社は、全米上位500社(フォーチュン500)のなかでもわずか7%のみです。  それよりも、401Kを含めて自分の裁量でリスクを取りながら、リタイア後の人生設計することを求められます。自分の老後は自分の責任で――そんな米国社会に流れる自助努力・自己責任の精神を根底に感じます。

実は米国でも“受け身的”な株式投資が一般的

 一般のアメリカ人による投資活動は、401Kなどの年金関連が主です。その内容は特定の会社の株を売ったり買ったりするよりも、日本の投資信託に当たる「ミューチュアルファンド」や「インデックスファンド」のようのものを、リタイアまでの資産額目標をもとに長期保有するという“受け身的”な株式投資が一般的です。  日本でも導入されて馴染みのある401Kですが、こちらでは毎年上限枠が上がっています。2015年度の上限枠は1万8000ドル(約220万円)。私などは妻と共働きですので、給与のうち3万6000ドル(440万円)分が税金から控除され、かなりのインパクトがあります。  そのうえ、多くの大企業では401Kに合わせ、「マッチアップ」といって被雇用者の投資額と同額を雇用者側で401K枠に上乗せしてくれる“おいしい制度”があります。  マッチアップの上限は給与の3~6%となっていますが、会社からの給与外の“ご褒美”であり、しかも非課税(引き落としの際には課税)ですのでこれを利用しない手はありません。  401Kで投資をしなければマッチアップ分ももらえませんので、401K制度を利用しないこということは、会社からの「Free Money(タダのお金)」をもらう権利をみすみす捨てるようなもの。  ですから任意にも関わらず、必然的に401Kを利用せざるを得ないカラクリになっています。株式市場にお金を流すために、よくできた制度だといえるでしょう。

短期利益が目的の株式投資は富裕層に限られる

 401Kの上限枠を使い切ってもまだ投資余力のある人は、「Traditional(トラディショナル)IRA」や「Roth(ロス)IRA」といった税制優遇のある別ルールの年金が利用できます。  これは会社とは関係なく、独自に個別の金融機関を通して行う年金投資口座。1人年間5000ドル(60万円)の枠が設けられています。これも共働きだと1万ドル(約120万円)まで投資ができますので、401Kと合わせれば日本円で年間約560万円分まで税制優遇のある年金に投資することができます。  これらは基本的に60歳手前になるまで引き落としができないルールになっており、投資は長期保有を前提とした制度になっています。  それを超える余剰投資資金があると、初めてキャピタルゲイン(株式売買などによる利益)が課税対象となる株式投資をすることになります。  そのため、短期利益が目的で日々株式に投資をしているような人は、アメリカ人のなかでもある程度資金に余裕を持つ層に限られています。

注目は資産管理のあり方変える「ロボアドバイザー」

 このように年金を含め自分の資産を自ら管理・形成することが常識となっているアメリカ。ある程度の資産を持つ人はファイナンシャルアドバイザーや大手金融機関に資産を預けたうえで、彼らにその資産ポートフォリオ(資産の組み合わせ)のマネジメントを依頼するケースが多くなっています。  その管理コストは委託している資産の1%が相場。また委託資産額は最低でも50万ドル(6000万円)となっており、相応の資産規模が要求されます。敷居は高いのが現状です。  こうした「従来の資産管理のあり方を変えるのではないか」と最近話題になっているのがITベースの「ロボアドバイザー」です。  ここでは人を介さずコンピュータでクライアントの現資産状況や年齢、目標資産額を加味した上でどのような投資ポートフォリオを形成するかを提案してくれます。

希望リタイア年齢や貯蓄目標を入れるだけ

ロボアドバイザーの米「betterment(ベターメント)」
 このロボアドバイザーについて、有力な存在の一つである「betterment(ベターメント)」を例にどのようなサービスであるかを紹介してみましょう。  Bettermentでは「modern portfolio theory(分散投資によりポートフォリオの最適化をしてリスクを最小限に抑えリターン最大限化する投資理論)」を土台として、クライアントへの最適なポートフォリオを従来のアドバイザー料に比べて格安(0.15~0.35%)で提案してくれます。  そのプロセスはきわめて簡単です。  まずは年齢や収入、現在の貯蓄高、希望リタイア年齢、リタイアするまでの貯蓄金額目標、そしてどこまでリスクを取りたいか(リスク偏向)を入力します。  この入力データをもとにしてロボアドバイザーがこれからの月次投資額や投資ポートフォリオを提案してくれます。  提案に合意した後はそれに従って毎月定額を入金して提示されたポートフォリに従って自動的に対象有価証券を購入し管理する、といった流れです。  また、リスク偏向や月次投資額、あるいは目標金額を変更した場合のシミュレーションを表グラフで分かりやすく表示してくれます。

ロボアドバイザー企業に多数の資金が流れる

 最低運用資産金額の指定がなく、シンプルな操作性で低コスト。そして極力IT化させながらも必要に応じて実際のアドバイザーに相談を受けることができる点など、デジタルとアナログが上手く融合しています。  今のところロボアドバイザー市場は$19ビリオン(2兆3000億円)程度の規模ですので、一般に普及しているとはいえない状況です。利益率も低いため、相当にマーケットシェアを広げなければならないと言われています。  ただ、bettermentをはじめ、ロボアドバイザー企業には ベンチャーキャピタルから多くの投資資金が流れており、ベンチャーキャピタリストの間では将来の金融を変える可能性を秘めた存在として大きく注目されています。

タダで借りられるお金を早く返さなくても

 米国人に比して日本人に投資意欲が少ないのはなぜなのでしょうか。  一つには投資の中心なるべき日本の30~50代が住宅ローンなどを抱えているため、投資にまで資金が回らないといった理由が挙げられるようです。  ただ、それは米国でも同じ状況です。それでも米国人は投資用の資金をしぼり出します。彼らの理屈はこうです。  米国の住宅ローンは現在30年固定で平均4%の低金利です。さらに、米国での日経平均に相当する「S&P 500」の過去30年の平均リターンが8.5%である事実を見れば、4%以上のリターンを投資で得るのは決して難しいことではありません。  ですから極力ローンの頭金を少なくし、また月次返済額ぎりぎりで支払い、手持ちの現金を増やして投資に回せるようにします。  米国と比べて日本ではさらに低金利。変動で1%以下、固定でも2%以下です。インフレを加味すると、ほぼ“タダ”でお金を借りることができます。それでも「借金は罪」との発想からか、繰り上げ返済をしてでも、なるだけ早くローンを完済したいとの思いがあります。  こちらの感覚に慣れてしまうと、タダで借りているお金ですので、頼まれもしないのに早く返そうとするのはもったいない気がします。

お金を制し「国任せ、会社任せ」な人生から脱却

 日本で投資が根付かない一因として、伝統的に流れる「お金儲け」に対する嫌悪感があるように思えます。日本で育った私自身、金儲けにこだわることに対する潜在的な罪意識を持っていました。  しかし、こちらでは外国人という不安定な立場。頼れるものがない心細い状況で生きて行くなかで、頼れるのはお金である事を実感しました。  もちろん、お金がすべてではありません。ただ、「心の余裕も懐具合による」と言うのも事実です。人間関係に大きな影響を及ぼすことも多々あります。お金は資本主義社会では自由を手に入れるための便利なツールの一つです。  お金がすべてではないけど大事なものだと素直に認識し、幼少から家庭や教育を通してお金の管理の仕方というものに慣れ親しむ。学校を出て働き始めたらば、リタイアした後の過ごし方も含めた人生設計を多少なりとも頭に入れて少額でもいいから投資を始める――。  こうした姿勢が「国任せ、会社任せ」な人生から脱却する助けにもなるのではないでしょうか。  また。IT化やグローバル化により技術の陳腐化や産業盛衰のスピードが年々速くなっています。将来の安泰など誰にも保証されていません。これからの時代は“お金にお金を稼がせる”ことで、収入の手段を増やすことは有効なリスクヘッジの一つであると思われます。
《廣瀬 祐二》

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