超小型の製造装置「ミニマルファブ」が日本の半導体生産に革命も | 東京IT新聞

超小型の製造装置「ミニマルファブ」が日本の半導体生産に革命も

エンタープライズ 市場動向

日本の半導体生産額が世界の半分を超えていたころ、九州は「シリコンアイランド」と呼ばれ、各地に半導体の生産工場が立地していた。当時の勢いはないものの、今も半導体は自動車産業と“双璧”だ。産業技術総合研究所九州センター(佐賀県鳥栖市)は今秋、半導体生産に“革命”をもたらす「ミニマルファブ」と呼ばれる超小型の半導体製造装置を地場企業に開放。世界に類例のない“マイチップ”生産基地化に歩み出す。

ICチップなくして日本の産業は成り立たない

九州内には半導体の製造企業や支援機関などを合わせるとその数は1000以上におよぶ(九州半導体・エレクトロニクスイノベーション協議会による「九州半導体関連企業サプライチェーンマップ」より)
 「日本のGDP(国内総生産)は500兆円、その40%の200兆円は半導体関連産業です。ICチップを安い外国産に依存したら、この国の産業はどうなると思いますか。農業から医療までICチップなくして、この国の産業は成り立ちません」。  九州産学官連携センターの井上道弘・研究参与は静かに切り出した。  同氏は熊本県菊池市出身。九州大工学部卒業後、パナソニック(当時松下電器産業)に入社した。半導体の生産現場を歩き、技術職トップの技監を最後に退職。同連携センターのイノベーションコーディネーターに就いた。日本の半導体産業の黎明期から現在までを知り尽くす人物だ。  ICチップは、半導体回路のトランジスタの寸法を狭めてきた歴史でもある。寸法を狭めるほどトランジスタの性能は上がり、1個のチップに収めるトランジスタの数が増える。結果、チップは高性能化し、低コスト化や省電力化につながる。  並行してトランジスタを多く載せる(集積度を高める)ため、基盤のシリコンウエハーの直径を大きくするとともに、チップを組み込む製品を小さくするため薄くする。

PCメモリ「DRAM」製造は“バクチのような商売”

日本の半導体の歴史をまとめたサイトも業界団体により開設されている(「日本半導体歴史館」
 ウエハーの大口径化と薄型化、トランジスタの微細化という3つを同時に成し遂げた者が勝者になる。  1990年前後、日本は米国に競り勝ち世界の頂点に立った。国産チップの生産額は世界の50%を超えた。  「当時の主力製品はパソコンのメーンメモリーのDRAM(ディーラム=Dynamic Random Access Memory)。各メーカーが大容量化、省電力化を競った。儲かるので鉄鋼業界からも参入してきた」と井上参与は振り返る。  しかし、こうした時代も長くは続かなかった。90年代半ば、日本が技術指導した韓国や台湾のアジア勢が急追、国内勢は生産体制の見直しを迫られた。  「アジア勢は量産化して価格を抑えると、こちら(日本勢)も負けずに工場を拡大し量産化で値段を下げた。ただ、DRAMは好不況のサイクルが4年ごとにくる。投資を大きくすると儲かる半面、競争に負けると大損する。まるで“バクチ”のような商売」と井上参与は続ける。  価格競争の消耗戦に疲れた国内勢は、半導体事業を分離。統合して“日の丸半導体”として再生を図るが、上手くはいかなかった。

超小型の半導体製造装置でICチップを生産

国の半導体製造装置メーカーなど25社・1研究機関が参加する「ミニマルファブ技術研究組合」
 そんな消耗戦の最中、産総研つくばセンター(茨城県つくば市)ナノエレクトロニクス部門の原史郎氏(現ミニマルシステムグループ長)が、超小型半導体製造装置でICチップを生産する「ミニマルファブ(超小型工場構想)」を提唱した。  一方、井上参与は、九州大大学院システム情報科学研究院の浅野種正教授らと複数のICチップを積み上げ(積層)、1つのチップのように機能させる3D(3次元)ICの開発を進めていた。ウエハーの大口径化の代わりに積層して機能を高めるわけだ。  井上参与はミニマルファブによる3次元(3D)ICの生産を原氏に提案、快諾された。これは2010年1月、原氏が産総研コンソーシアム・ファブシステム研究会を設立したころだったという。  その後、ミニマルファブ構想は12年度から3年間、国家プロジェクトとなった。全国の半導体製造装置メーカーなど25社・1研究機関が参加した「ミニマルファブ技術研究組合」が旗揚げされ、超小型半導体製造装置群の本格製造に動き出した。

従来の生産工場と比べ投資額を1000分の1に圧縮

ICチップは「ミニマルシャトル」と呼ばれる密封容器に入れられて各工程を進むため、生産工場に欠かせなかった「クリーンルーム」は不要になった
 「ミニマルファブは半導体生産工場の投資額5000億円を1000分の1の5億円に圧縮するというのがおおもとの考え方」と井上参与。  投資額から逆算して、シリコンウエハーの直径は0.5インチ(12.5mm)、各製造装置のサイズは幅29.4cm、高さ144cm、奥行き45cmの「ミニマル規格」で統一。ICチップ生産には不可欠だった「クリーンルーム」も、局所クリーン化技術を開発することでなくした。  昨年(2014年)12月、東京・ビッグサイトで開かれた半導体の総合展「セミコンジャパン(SEMICON Japan)2014」にはミニマル規格の装置74台が並んだ。  ICチップの生産工程は、前工程と後工程(パッケージ工程)に分れ、別々の産業と言われるほど違う。  完成した装置群は前工程60台、後工程14台。このうち通常は前工程で使うが、後工程でも使える4つの装置(旧式のため5台)が、つくばセンターから九州センターに届いている。  「地場企業が実際の装置を目の当たりにすると士気も上がる」。そう考えた井上氏が原氏と話し合った結果だ。 「9月か10月に開放ができれば」と井上参与。九州センターの斎田浩・副センター長も「九州の事業者や研究者が開発意欲を高めるデモルームにする」と意気込む。

普通の事務所内でもICチップ生産ができる

ミニマルファブでの3DIC生産を発案した井上参与(左)と、その後を継いだ猿渡氏。2人は同郷で九州大の先輩と後輩だ
 井上参与は奈良県在住で九州センターに来るのは年数回。後任は猿渡新水(あらみ)氏。同氏は熊本市出身で井上氏とは大学の先輩と後輩だ。NEC九州に入社後、“日の丸半導体”の一翼だったルネサスエレクトロニクス九州・山口(熊本市)の部長で早期退職し、井上参与の後を継いだ。  「4つの装置はフォトレジスト塗布や露光、現像、エッチングに使う。電気回路と微細な機械構造を1つの基板上に集積させるMEMS(メムス=Micro Electro Mechanical Systems)は作れる」と猿渡氏。「どこにでもある事務所のような環境でもICチップを作れることを体験してほしい」と公開を心待ちする。  しかし道はまだ半ば。九州が担当する3次元(3D)IC製造装置が揃っていない。5大学と2公的機関、民間34社が参加する「ミニマル3DICファブ開発研究会」が開発中だ。  コア技術は、(1)バンプ(接合)と呼ばれる突起による上下ウエハー基盤の接続、(2)積層IC間の電気信号を送る配線用の貫通孔開け、(3)ミニマル規格ウエハーの薄型化――という3つ。  研究会幹事である九州大学の浅野種正教授は「ウエハー基盤の接続と貫通孔開けはメドがついた。薄型化もそう手間取らない」と話す。

注文を受けた後、すぐ製造することが可能に

産総研九州センターは九州を縦に走る九州道と横に行く長崎・大分道がクロスする陸上交通の要衝である鳥栖市にある
 完成は東京五輪開催の2020年が目標だ。井上参与は「家電向けなど汎用チップは海外に任せ、日本は少量の高機能チップを作る。最先端のチップ以外ならすべてミニマルで作れる」と話す。  フルスペックのミニマルファブ装置群は2ライン生産体制で前工程284台、後工程30台、検査6台の計284台。  「数カ月前に注文を受けて作っているチップも、フルスペックなら注文後に作れる。そうなると、例えば自動車メーカーの生産方式は激変する」。  井上参与の眼には近未来が見えているようだ。 【写真上】産総研九州センターが保管する5台、4つの製造装置。手前から塗布装置、露光装置、現像装置、エッチング装置。今秋からの一般開放が考えられている。旧式の露光装置以外はミニマルサイズで統一されている。
《筑紫 次郎》

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