<IT坊主の説話>「有象無象(うぞうむぞう)」は元来良い意味だった | 東京IT新聞

<IT坊主の説話>「有象無象(うぞうむぞう)」は元来良い意味だった

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IT界と仏教界を経験した現役僧侶の"IT坊主"こと牧野豊潤(ほうじゅん)氏がITビジネスで役立つ「説話」を連載。世の中でもっとも新しい業界であるITの世界に、2500年の歴史を持つ仏教の教えは通用するのでしょうか――。今回(第22回)は、数は多いが雑多なものという意味の「有象無象(うぞうむぞう)」という言葉を考えてみましょう。

由来はお釈迦さまが使った「有相無相」が由来

 有象無象の「象」は、「かたち」のことで、形の有るものと無いもの、すなわち、ありとあらゆるものを指します。このことわざの一般的な解釈は、「数は多いが種々雑多なもの、ろくでもないものなど」となっており、使い方は要注意です。  しかし、由来はお釈迦さまが使った「有相無相」(うそうむそう)という仏教用語で「形の有るもの無いものすべてのあらゆる存在」。つまり、森羅万象(しんらばんしょう)を意味しており、本来は悪い意味ではなかったのですが、いつの間にか「相」が「象」に変わり、意味合いも“おおぜいの者、烏合(うごう)の衆”などという使われ方になったのです。  ちなみに、森羅万象の出展は、お釈迦さまの教えが多く含まれていると言われている最古の仏教経典の一つ「法句経(ほっくきょう)」で、「森羅」は樹木が限りなく茂りたくさん連なる情景、「万象」はすべてのものを指していて、天地間に存在する、数限りないすべてのもの(万物)や事象のことを言い表しています。  なお、万象は「ばんぞう」「まんぞう」とも読みます。

ソフト開発時の品質不良との戦いと決断

 私が有相無相(うそうむそう)という言葉と出会ったのは30数年前。ある地方銀行のバンキングシステムのソフトウエアの開発に携わっていたときです。  一般にソフトウェア開発の作業(工程)の大枠は、設計を行い(設計工程)、設計に従ってプログラムを作成し(製造工程)、プログラムの動作をテストする(試験工程)の手順で行います。  バンキングシステムは作業規模も膨大で、携わる人の数も半端ではなく、当該システムでは専従者のみで500人以上(これは少ないほうで、この数倍以上のプロジェクトが多くあります)が携わっていました。  最終段階である試験工程に入ったのですが、不具合(不良とかバグといいます)ばかりがどんどん出てきて、試験項目の確認(チェック項目の消化)は遅々として進まないという状態が何日も続いたのです。  品質不良というトラブルで、製造工程や時には設計工程まで戻る必要がある重大事故です。  お客様も含めて原因の分析と対応策に頭を悩ませていたとき、グループ企業の先輩上司であるマネージャーが一冊の本を持ってきました。  「これにヒントになることが書かれている。『うそうむそう』ではだめだ!目の前に大勢の人がいて、仕事を行っていると何とかなるのではないかという気持ちになるが、それは大きな錯覚。このまま先に進めても収束はしない。即刻、品質強化策を策定する必要がある。担当者それぞれの能力に応じた役割を設定しなおそう」という決断でした。  すぐさま、お客様への状況説明を行い、了解をいただいて実施することになったのです。

名著『ソフトウエア開発の神話』から頭を切り替える

『ソフトウエア開発の神話』は絶版となり、その後原著発行20周年記念増補版として、『人月の神話』(滝沢徹ほか訳、丸善出版)との書名で発売されている
 このときの本は『ソフトウエア開発の神話』(フレデリック・P・ブルックス著、山内正彌訳=1977年、企画センター)という著名な一冊です。  その時の状況から強いインパクトを受け、ヒントになったのが「遅れているソフトウェア開発プロジェクトでの開発要員増加は、作業の再配分や新規要員の教育、コミュニケーション、パスの急激な増加によって遅れをひどくする」ということです。  それまでの考え方は、遅れを回復するためには技術者を投入するというのが当たり前でしたので、衝撃です。  その瞬間から基本方針は「増員は行わない。精鋭体制で行う」こととし、具体的な対応としては、一旦は全体作業を中断、サブプロジェクト単位に、現状の状況を整理・分析・評価し、次の3つに分類することになりました。  (1)品質が予想内に収まっていて進捗(進みの程度)もほぼ予定内のサブプロジェクトは先へ進める (2)製造工程が起因して進捗が悪いサブプロジェクトは製造品質向上作業の実施(製造関係者の集約と再配分)を行う (3)設計見直しが必要なサブプロジェクトは顧客と一体で設計者による再レビュー及び設計・製造への展開を行う  この対応を見てお気づきと思いますが、  例えば(3)の設計工程まで戻って見直しを行ったサブプロジェクトについては、ある期間(時間)設計者以外は不要になります。基本的には待機です。人がいるから割り当てる、という考えはやめたのです。  ただし、次工程を見据えて、製造担当は設計者の補助およびレビューへの参加、試験担当者は新たな試験のための準備作業などを割り当て、全体の効率化を目指しました。  この対策が功を奏したのか、ぎりぎりながら当初計画に乗り、無事稼動となったのです。

人間はみんな貴重な財産、役に立たない人はいない

 試験工程も軌道に乗ったころマネジャーに、「うそうむそう」について伺ったところ、「有相無相」の本来の意味合いとともに次のように話しました。  「現代では、一般的に“有象無象”と言うらしいが、このプロジェクトには、そういった人は一人も居ない。大勢の人が居るのも事実だから“有相無相”という表現を使った。人の使い方を考えるのがマネージャーの役目」。  これもまた衝撃的で感銘を受けた言葉です。  「人間はみんな貴重な財産。この世に役に立たない人間はいない」。  こんな魔法のことばを聴いたことがあります。  きっとマネージャーも同じような考えで部下を信頼し期待されたのでしょう。 合掌
《牧野豊潤(まきの・ほうじゅん)》

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