<NTTぷらら・板東社長>まずやってみて、反応があればすぐ改善する経営 | 東京IT新聞

<NTTぷらら・板東社長>まずやってみて、反応があればすぐ改善する経営

エンタープライズ 経営

ITマーケティングの成功例をひもとく連載の第2回は株式会社NTTぷらら(東京都豊島区)の板東浩二社長に話を聞いた。Webの世界は動きが速い。次に何が流行するのかの見極めは社の命運を左右する。同社はISP(インターネット・サービス・プロバイダ)事業者として300万ユーザを抱え、現在は「ひかりTV」を運営し、こちらでも300万ユーザを抱えるまでに成功した。トップはいかなるマーケティングを駆使し、債務超過状態から有数のIT企業へと登り詰めたのか。

NTT傘下の老舗、債務超過に陥っていた創業期

NTTぷららは2000年代初頭にプロバイダ「plala」で世に広く知られた
 同社の前身であるジーアールホームネットは、NTTなど大手企業5社の出資によって1995年に創業している。  当初は現在の楽天市場のようなEC事業を目指していたが、業績は一向に上向かなかった。社員はNTTを始め株主からの"出向組"が大半で、人事権も出資企業が持っている。  たとえば現場では「出向元が開発した技術を活かしてくれなければ困る」などと経営状態を考慮しない意見を耳にしたこともあったという。  また広報用に独自雑誌を刊行したものの返品の山を築くなど、経営は混乱。親会社であるNTTから現社長の板東浩二氏が送り込まれた98年には債務超過に陥っていた。

あえて手探りで進む「アジャイル式」の威力

現社長の板東氏が親会社のNTTからぷららに送り込まれたのは1998年だった
 板東社長はまず不採算事業をすべて整理した。その中で唯一残した事業がISPだった。当時はインターネットの普及期だったため市場全体が伸び盛りだった。同社長は次のように振り返る。  「事業は今後伸びていく分野で行うことが肝心です。例えばNTT(本体)では、サービスや設備をきっちりと作り上げてから提供しないと大変なことになります。しかしインターネットに関する事業は逆で、今後伸びていくサービスを手探りで探し当て、スピード感を持って試していかなければなりません。そんな中、私が注目したのがISP事業だったのです」。  商品開発には2種の方法がある。「ウオーターフォール式」と「アジャイル式」だ。  ウォーターフォールとは「滝」の意味。上流で計画を立て、細部まで詰め、いったん流れ始めたら滝の水のように元には戻れない。  一方の「アジャイル」は「機敏な」という意味を持つ。IT業界では、リリース後も仕様変更が比較的簡単に実施できる。サービスを練り上げたらできるだけ速くリリースし、どの部分がウケるか、ウケないかなど反応を待ち、ウケる分野に注力する。「LINE」などは意識的にこの開発法を取り入れている。  板東社長の経営とマーケティングは、いわば「元祖・アジャイル式」と言っていいだろう。

「ぷららはユーザの意見を聞いてくれる」と評判に

 マーケティング面では、ISPサービスで、アジャイル式に注力するポイントを変えていった。  最初は他社と比較して安価なサービスを実施して一気に集客。黒字化するとすぐ方向転換した。ユーザはインターネット上の反応を調べてISPを選んでいた。そこでコールセンターの人員を拡充、どのISPも「繋げ方がわからない」といった問い合わせの多さや時間の長さに苦慮していたが、同社は時間をかけ丁寧に対応した。すると既存ユーザがネット上で高評価を書き込み、これがさらなる顧客を呼んだ。  ユーザからの意見も評価も社長自らが管理し、翌日には対応マニュアルを変更する徹底ぶりだった。  そんななか、新たな発見があった。ある雑誌のISP比較の記事に影響力があるとわかったのだ。そこで「絶対に顧客満足度の部門で一位をとるぞ!」と注力した。  するとネット上で「ぷららはユーザの意見を聞いてくれる」といった書き込みが多数見られるようになり、実際に1位を獲得、業績は急拡大していった。これが1999年から2000年のこと。SNSの活用にも似た戦略を、NTTという巨大企業のグループ会社がIT黎明期に行ったのだから興味深い。

まずはやってみて、考えながら走り続ける

2000年ごろの出来事を振り返る板東社長
 板東社長は言う。「原点は、好奇心ですよ。最近『まずは、いってみる』という言葉が気に入っています。まずは『言ってみる』さらには『行ってみる』。これと同じで、考えながら走り続けるのです。だって、やってみなけりゃわからない」。  そして、この高評価はさらなる顧客を連れてきた。マイクロソフト日本法人だ。  同社はMSNポータルサイトへ集客する目的でISP事業を展開していたが、経営資源の集中のため、ISP事業を他社へ譲りたいと言う。この時、選定されたのが、ネット上の評判がよかったNTTぷららだった。すると同社は、全社を挙げ、会員の移管に注力し、これを無難に着地させた。  板東社長の戦略の根本は「すぐやって、レスポンスを得て、すぐ改善」なのだ。ちなみに同社の受付には、書道家・武田双雲氏の書による「変幻自在」の文字が飾られている。まさに、変幻自在にマーケティングも経営をも時代に合わせていったからこその成長だった。

「ひかりTV」の源流は2004年に始めた映像配信

NTTぷららの主力サービスに育った「ひかりTV」の源流は2004年にさかのぼる(NTTぷららのWebサイト
 その後、NTTぷららは2004年に現在の「ひかりTV」につながる映像配信サービスを開始する。  「流行は、つかむことができます。どんな流行も、最先端にいる人は早い時期にやっているんです」。  板東社長はある日、親しくなった日本マイクロソフトの幹部から、ネット上を通じて動画コンテンツを見せられた。当時はまだ、ネット回線が今ほど高速化しておらず、映画などの映像コンテンツをネット上で観るということは行われていなかった。  板東社長が詳しい人間に話を聞いてまわると、既にアメリカでは次の時代を見越し、高速なネット網を使った映像配信サービスを検討している人たちが少数だが存在することがわかった。  当時の日本は、まだ一般回線とISDNとADSLが混在していた時代で、まだ光回線はほとんど導入されていなかったが、板東社長はこう考えた。  「技術は必ず進化する。その流れは止まらない。いつかは、みんながインターネット回線を経由した映像を楽しむ時がくる――」。

映像コンテンツを持つ企業から警戒された初期

現在は多彩なチャンネルを配信する「ひかりTV]
 同社長はこの構想に夢中になった。魅力的なチャンネルはこれからも増え続け、ビデオオンデマンド(VOD)により好きな時に好きな作品を視聴することができるようになる。ここにいち早く進出し、ユーザが流れてくるのを待ち構えよう――。  アメリカでは、ネットビジネスが日本より数年は速く進んでいる。板東社長は人脈を活用し、これを取り入れ、マーケティングに活かしたのだ。  しかし、新事業を起こすためには、大変な労力を必要とした。  「たとえば日本のコンテンツホルダー(映像コンテンツを持っている企業)には『インターネットで映像を配信したい』と言っても、“わけがわからないもの”として警戒された。ハリウッドは違法コピーに対して慎重で、何度も『セキュリティは大丈夫か』と確認された。「ある日、弊社に米国のハリウッドから担当者が来て『マスターテープはどこで管理している?』と聞く。さらには『管理責任者を呼んでほしい』と言われ、若い担当を紹介すると『キミ、給与はいくらもらっている?』と訊くんです。給与が安いと持ち出しかねない、と考えてこう聞いたんでしょう(笑)」。

会社が傾くほどの費用をかけ自社開発にこだわる

 このようななか、板東社長は現在につながる重大な決断を下した。2005~07年当時、NTTグループ内ではさまざまな映像配信サービスが乱立していた。  統合するにあたって、運営会社には現在までの実績を考慮し、NTTぷららが選定された。ただし、システム統合と新システムの構築には、莫大な投資が必要になる。  これを受け、「NTTグループの中に映像配信の共通プラットフォームを作り、NTTぷららに提供したらどうか」という案もあった。 しかし板東社長はこれを謝辞してしまう。  「ユーザインターフェース(UI)を変更していく作業を他社に頼っていると、時間がかかるし、変更のたびに費用もかかる。これは絶対に自社でやるべきと判断したんです」。  すぐやって、レスポンスを得て、すぐ改善。この原則を、会社が傾くほどの費用をかけても守り抜こうとしたのだ。そしてサービスをリリースすると、この決断が大きな優位性を招いた。  たとえばコンテンツを見ている途中で、部屋を変わりたい時や、外出したいこともある。そこでパソコンやスマートフォンなどマルチデバイスに対応させ、視聴を途中で終了しても、終了した場面から視聴を再開できるようにした。  現在ではさまざまな映像配信サービスが存在しており、上記のような機能は他社も行っているが、NTTぷららが先鞭をつけたものが数多く存在する。  さらには「テレビで書籍を配信し、絵本の読み聞かせができる」「テレビで約250万曲の音楽を聴き放題で楽しめる」など、新たなテレビの使い方まで提案できた。レスポンスがよければ注力し、そうでなければ変更し、「3年経ってダメなら撤退する」(板東社長)の繰り返しで、同社は成長を重ねてきた。

4Kでの映像配信サービスに注力する理由

今、坂東社長は4Kサービスの展開に力を注ぐ
 いま、板東社長は4K(フルハイビジョンの4倍の画素数を持つ)サービスの展開に注力している。  「技術は進化し、その流れは止まらない」。だからハイビジョンテレビは必ず4Kに置き換わっていく。しかし4Kより高密度の8Kになると80インチ以上の大型テレビでなければ違いは実感できないため、家庭に普及する可能性は低い。  さらに地上デジタル放送の4K対応は未定で、他社の4Kネット配信サービスはオープンなインターネットを使用しているため画質はよくない。すなわち4Kサービスは、クローズドな光回線網で映像を配信するひかりTVに有利になる――。  「今後は、4Kコンテンツを充実させていきます。たとえばテレビ局と連携してテレビドラマを4Kで撮影してもらい、地上デジタル放送ではフルハイビジョン、弊社のような有料放送では4Kで楽しめる、といったサービスを行いたい。さらには、弊社自体がコンテンツを制作し、専門チャンネル作りにも注力していきたい」。

「自分が死ぬかもしれない」のひっ迫感が必要

 今後、NTTぷららはコンテンツメーカーになるのか――。そんな質問を投げると、板東社長は破顔一笑、こう言った。  「今のままいたい、という思いは誰にもあるはずです。しかし、時代はそれを許さない。ただし『変わる』というのは、人生においても、経営においても一大難事業です。『何とかなるかも』などと思った瞬間、変われなくなります。歴史上のさまざまな組織を見ても、変わるためには『会社が倒れる』『自分が(社会的に)死ぬかもしれない』といったひっ迫した思いが必要です。そして、これはきつい仕事でもあります。私の経験上『変わらなきゃいけない』状況が表面化した瞬間、まわりからスーッと人がいなくなります(笑)。でも、残ってくれる人は味方。この力を集め、一気に新事業に注力するんです。そして、上から"あーせいこうせい"言われるのに従うラクな道を選ぶのでなく、自分自身で、行く先を決めていくんです」。  その行き先は――「すぐやって、レスポンスを得て、すぐ改善」によって決めれば間違いはない。NTTぷららの社史は、そんな、ネットビジネスの潮流がどう変わろうと色褪せない、ビジネスの本質を示している。
《夏目 幸明(なつめゆきあき)》

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