ビッグデータが普及しない理由と「データ経済社会」への道筋 | 東京IT新聞

ビッグデータが普及しない理由と「データ経済社会」への道筋

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【ITジャーナリスト・湯川鶴章による連載93回目】「ビッグデータ」というバズワード(実態のない流行語)が流行してから随分時間が経った。最近では「ブームは成果が出ないまま終わった」という声さえ聞こえる。しかし、データの重要性は増す一方で、本格的なビッグデータの時代はこれからだと個人的には考えている。ビッグデータを活用することで日本の経済が再生する可能性があると真剣に思っているからだ。もちろんそのために必要なステップがある。

活用のメリットが小さく、デメリットは大きい

 なぜビッグデータブームが主だった成果をあげずに下火になってきたのか。答えは簡単。メリットが小さく、デメリットが大きいからだ。  自社内のデータだけを解析しても、得られる答えは、勘と経験から得られる答えとさほど違わない。自社のビッグデータよりも、他社のビッグデータのほうが実は役に立つのだ。  たとえば、東京の企業に就職が決まった地方の学生のデータを就職サイトが持っているとき、東京の不動産会社はそれが欲しいだろう。  不動産企業が持つ入居率や入居者属性のデータは、地元の店舗にとって役に立つデータとなることだろう。他社のデータを利用できないままでは、どれだけ人工知能が進化したとしても、データから得られるメリットは大きくない。

「データジャケット」という仕組みで解決目指す

 一方でデメリットは膨大だ。データを集め過ぎれば、顧客のプライバシーの侵害や情報漏えいの問題が浮上する。社会的信用を失えば、企業として命取りになる。  プライバシー侵害や情報漏えいの問題を乗り越え、他社とデータを融通し合えるようにならない限り、本当のビッグデータの恩恵は受けられない。  それを解決する方法として注目を集めているのが、東京大学の大澤幸生教授の提唱する「データジャケット」という仕組みと、同じく東京大学の橋田浩一教授の推奨する「PDS(パーソナル・データ・ストア)」と呼ばれる概念だ。  データジャケットは、データ自体を公開するのではなく、データの属性のみを公開する仕組み。音楽CDの楽曲を聞かなくてもCDのジャケットを見れば、曲のタイトルや曲数などが分かる。  同様にデータジャケットには、データの概要や所有者、収集方法やコスト、共有姿勢、ファイル形式などの情報が記載される。  こうして公開されたデータジャケットを集めて、関連しそうなデータジャケット間を結んだシナリオマップをKeyGraph(キーグラフ)という名の可視化技術によって作成。それをもとにデータを活用したい人や提供したい人が集まり、ワークショップ形式で、データ共有の形を探っていく。  特定のデータを欲しい人が、金銭を支払って提供を受けるということもあるので、大澤教授は「データジャケットは21世紀のデータ市場を動かす有力な仕組みになりうる」と語る。

データの属性のみを公開する方法に広がり

東京大学の大澤教授による「データジャケット」のWebサイト
 データジャケットは既に経済産業省のデータ駆動型(ドリブン)イノベーション創出戦略協議会(DDI)が導入している。  同協議会は2014年6月に設立され、200社以上が参画。65社がデータジャケットを登録し、データの利活用方法について検討を行う一連のワークショップを開催している。  データジャケットを用いたデータ市場の仕組みは、現在も同省のほか国土交通省などの事業で採用され、取り組みが進められている。  またデータ利活用に関心のある民間企業の連合体であるデータ・エクスチェンジ・コンソーシアム(DXC)でも、2014年度はデータジャケットの入力と可視化を含む計6回のワークションプを実施している。

企業だけでなく個人もデータを管理する概念

 一方のPDS(パーソナル・データ・ストア)は、個人情報や購買履歴、SNSの投稿履歴など、ありとあらゆるデータを、事業者側だけでなく個人側でも管理するという概念だ。  概念自体はわりと早くから提唱されてきたが、PDS研究の日本の第一人者、東京大学の橋田浩一教授によると、「最近ようやく技術的に実現可能になってきた」という。  たとえば、自分の医療データを医療機関からもらってスマートフォンなどのアプリで管理し、別の医療機関にそのデータを開示できるというものだ。  そうなれば、複数の医療機関にわたって検査が重複したり処置が矛盾したりせず、個人の意思で自分に適した医療機関を選ぶことができるようになる。  同教授は、PDSの普及は医療制度改革が一つのきっかけになると見る。  「病床と病院の急性期や回復期、療養期という機能分類があと2~3年で終わる。そうなると、急性期、回復期、療養期の病院プラス診療所で互いにデータを共有しないと経営が成り立たなくなる。最も経済的で効果的なデータ共有の方法は、患者とその家族に患者自身の医療データを持ってもらうことだと、関係者が気づき始めるはず」。  個人のデータを本人が管理して活用するメリットに多くの人が気づき始めれば、医療の領域だけではなく、ネット上の投稿や位置情報、学歴、職歴、購買履歴などのデータも、個人で管理する方向に時代が進むはという。

この先、データを流通させる仕組みが不可欠に

 人工知能の進化や普及を背景に、ビッグデータはますます価値を提供できるようになるだろう。しかしそのためには、データを流通させる仕組みが不可欠。  個人の預金が企業の融資になる金融の仕組みのように、個人のデータを事業者のサービス、製品の改良・革新に役立たせるためのデータ流通の仕組みが、やがて普及するはずだ。  今はまだ個人のデータを守ることのほうが重要だと考える人が多いが、やがて個人データを守ることと同時に、有効活用することも重要と考える人が多くなるだろう。  個人の預金を守ることも大事だが、預金を融資や投資に回すことのほうが経済にとってより重要。それと同じことだからだ。価値観の変化は必ずやってくる。
《湯川 鶴章》

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