VR(仮想現実)ゲーム普及には周りの“気持ち悪さ”払拭が必要 | 東京IT新聞

VR(仮想現実)ゲーム普及には周りの“気持ち悪さ”払拭が必要

ソリューション クラウド

VR(バーチャルリアリティ=仮想現実)技術は過去にも幾度となく注目されてきたが、少なくともコンシューマ領域ではなかなか目新しいエンタテイメント以上に発展することは難しく、実際の生活にまで浸透することはなかった。しかし、ようやくその端緒につくことが現実的となってきたようだ。

「幻滅期」の谷を越え、啓蒙活動期に入ったVR

VRのエンターテイメント活用は宇宙でも。国際宇宙ステーションでVR画像を記録する「SpaceVRプロジェクト」
 調査会社のガートナーは先進テクノロジーが現時点でどの発展段階にあるかを示す「ハイプサイクル」を発表している。通常、注目を集める新たなテクノロジーはその可能性ゆえ、急激に期待を集めることになりがちだ。  しかし、その未成熟なテクノロジーの現状が知られることで「過度な期待」は消滅し、反動で一気に「幻滅期」に落ちる。しかし、一部はその後徐々に実態をもって安定した発展に向かっていく。ガートナーのハイプサイクルはこの一連の流れを示すグラフに各テクノロジーをマッピングしたものだ。  2013年頃、VRはまさにこの幻滅期の底にあった。ところが2015年版では谷を越え、啓蒙活動期に入ろうとしている(日本語版では「仮想世界」となっているが、原文は「Virtual Reality」)。  すでに実際の利用シーンで有用性が認知されはじめた「ジェスチャーコントロール」技術がちょうど同じような場所に位置していることから、およそどういった発展段階にあるかがイメージできるだろう。

先進テクノロジーはまずゲームの分野から

マイクロソフトは拡張現実(AR)を実現する「HoloLens(ホロレンズ)」が今後発売する予定
 こうした先進テクノロジーはゲームなどのエンタテイメント分野から導入が始まることが多いが、コンシューマ向けVRもまずはゲーム分野からの導入となりそうだ。  Oculus(オキュラス)やSteamVR(スチームVR)、そして先頃プロジェクト・モーフィアスから正式に命名されたプレイステーション4のVRシステム「PlayStation VR」といったVRシステムがVRゲームの主戦場となる。  それぞれ特徴はあるが、最終的な勝者が見えない段階の今、各メーカーの自社開発タイトル以外は基本的にすべてのシステムに対応しようとしてくるはずだ。  こうした動向が明らかになればユーザは安心していずれかのVRデバイスを購入できる。そうすれば急激にVRアプリのデザインノウハウが蓄積され、より実用的なコンシューマ向け分野にも活用されていくことになるだろう。

電車内の携帯通話にも通ずる周りの不快感

ゲーム中の様子をはた目から見ると……(米OculusのVRコントローラー「Oculus Touch」)
 ところで、コンシューマ市場におけるVRにはひとつの大きな課題がある。それは体験者以外にどう配慮できるかというものだ。  VR自体はヘッドマウントディスプレイ(HMD)やコントローラーの進化によって、体験者自身が感じる価値は向上してきている。今後はむしろ周りの人にとっての問題がフォーカスされてくるのではないか。  それは一種の「気持ち悪さ」だ。  これは電車内の携帯電話に感じる気持ち悪さにも似ている。こちらの人の話し声は聞こえるが、先方の声は聞こえない。聞こえるのは会話なのに一部が欠落していることによる違和感だ。  米コーネル大学のローレン・エンバーソン氏らは「Overheard Cell-Phone Conversations When Less Speech Is More Distracting(漏れ聞こえる携帯電話の会話の言葉不足が気を散らす)」と題する発表で、こうした主体の一方が欠落した会話をダイアローグならぬ「ハーフアローグ」と呼び、会話が不完全で内容が予測できないものとなることが、それを耳にした人の気を散らして不快感に繋がるのだとした。  カメラを内蔵したメガネ型ウェアラブルデバイスに感じる「なにをしているのか傍目にわからない」という感覚にも通じそうだ。

仮想空間外の人にとっては「不気味」に感じる

 VR体験は本人にとって素晴らしいものであっても、その仮想空間の外にいる周りの人間にとっては、一言で言えば“不気味”なのだ。そばにいる人が何をしているかわかる、ということは大事だ。  たとえば、目の前の人がひとりでスマートフォンを見ながらニヤニヤしていたら不気味でしかないが、テーブルの上にタブレットを置いて猫の動画をみながらニヤニヤしているのが分かれば自分も一緒にニヤニヤできるだろう。  先のゲームの例でいえば、一緒にテレビ画面を見ている人が「Wii」のコントローラーでジェスチャーコントロールによるゲームをしていても気にならないが、HMDをかぶった人がVRゲームに興じている様子を傍からみるとやはり気になる。  同じ映像をテレビに映すというような解決方法も考えられるが、わざわざそれをするというのも変な話だ。通常の遊び方でそれとなくわかるのが望ましい。  一方、電車内での携帯電話は気になって、街なかでの携帯電話はさほど気にならないというのもおかしな話ではある。もしかすると、電車内での携帯電話がマナー違反とされることからそうしたケースが少なく、慣れていないだけなのかもしれない。すると、VR体験者の周りの人が感じる気持ち悪さも慣れで解決するのだろうか。  しかし、慣れるためには普及が必要であることを考えると、いずれにしてもそこまでの過程で、なんらかの突破口が求められていることに変わりはないといえるだろう。
《箱田 雅彦》

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