【北海道の元祖下町ロケット】「どうせ無理」をなくす | 東京IT新聞

【北海道の元祖下町ロケット】「どうせ無理」をなくす

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 「宇宙開発は“どうせ無理“をなくすための手段なんです」と語る今回のキーパーソン。人口約11000人、北海道赤平(あかびら)市を拠点とする、株式会社植松電機 専務取締役 植松努氏だ。

 YouTubeで公開された植松氏の講演動画が大きな反響を呼んだ。再生回数は170万回を突破。11月26日現在も週に3万回以上再生数が伸び続けている。同社の主力事業はリサイクル用バッテリー式マグネット。社員はわずか18名。会社をけん引しながら、講演活動で全国を駆け回る。一人でも多くの人と交流し、直接伝えたくて続けているという。いったい、どんなきっかけから航空宇宙開発に踏み切ったのか。バッテリー式マグネットとはどのような関係があるのだろう。時代が激しく変容する中で、中小企業が存続、発展していくために必要な要素をどう捉えているのか。

■好きでたまらず夢だったロケット
 植松氏がロケットや飛行機に興味をもったのは幼少期のこと。アポロ月面着陸のニュースを受け、「宇宙に行ける時代がくるぞ!」と喜ぶ祖父の笑顔が忘れられなかった。いつかロケットを作ろう。自分がすぐできることをやってみようと紙飛行機をつくった。自動車電装修理業を営んでいた父親には「どうせやるなら紙でなく金属で作れ」とアドバイスを受け、火傷しながらも夢中に飛行機を作った。

 周りの大人たちは賛否両論だった。「ロケット作りなんて東大に行かないと叶わない、この町に生まれた時点で無理だ」と先生に揶揄された。そのたびに勇気付けられていたのが「伝記」だった。「伝記には困難を切り抜けた人の成功ストーリーが載っている。だから面白いんです。今も時間を取っては本を読みます」と、記者にもおすすめの本を教えてくれた。

■念願の航空宇宙業界へ就職、そこで突きつけられた現実とは
 大学では流体力学を専攻。卒業後は名古屋の菱友計算株式会社航空宇宙統括部に入社した。念願の航空宇宙関連事業に関わったものの、失望感を味わった。というのも、公共事業の一種と化していた宇宙開発事業では古い技術を長年使い続け、新しい技術がなかなか取り入れられない。開発にかかる費用は数十億とあまりに膨大だった。かつて憧れた零戦設計者 堀越二郎のいたような、飛行機、ロケットにのめりこむエネルギーに溢れる時代ではもうないのだと悟った。1994年退職後、帰郷。植松電機へ入社した。

 「植松電機は1962年から父がたったひとりでやっていました。炭坑用の特殊電動機の修理をしながら、衰退後は車両電気装置備品の販売修理を行なっていました。時代は流れ、修理ではなく、“まるごと部品を交換する”のが主流に。仕事が目に見えてなくなっていきました。あるのは他人がやりたがらない急ぎの仕事ばかりで徹夜が続き、このままでは体が持たないと思いました。なんとかしなくてはと思いました。2000年にリサイクル法が始まったら、何が必要になるだろうと、一生懸命考えました。」

■現場を徹底的に観察し、商品開発に落とし込む
 「リサイクル法が始まる時には、時間あたりの処理量をこなす必要がきっとでてくる。材質から金属をより分けるためにはマグネットが活躍するんじゃないかと思いました。もともとリサイクル業者の顧客がいたので現場を見ていたことがヒントになりました。どうせやるなら、マグネット屋が作りたがらないようなものを作ろうと考えました。マグネット屋が目指すのは大きく、重く、パワフルなもの。けれどリサイクルの現場は違いました。

 重機で資材をより分け、マグネットで吸着する、この2段階作業が一般的だったのですが、重機の先に小型マグネットをつけて作業を2つ同時にこなせるようになれば、大幅な作業効率化につながると思ったんです。その提案が取引先に大いに認められ、特許を申請しました。一部上場企業との取引開始に合わせて、99年株式会社化。それまで月10個売れれば御の字だった商品が、全国500箇所ある顧客営業所からどんどん注文が来たんです。」

■転機はピンチの後に
 「それからすぐ、生産が追いつかなくなり今の赤平に新社屋を建設。順調でしたが、取引会社の社長が代替わりしてすぐ先方の体制が変わり取引停止。2億円の借金を作り裁判にまでなりました。その資金を集めに奔走し、裁判に勝つためだけに法律の勉強もしました。売り上げが1億かどうかという会社ですので、2億の借金はまさに死活問題です。裁判では相手を蹴落とすようなこともしたはずです。それがあって今があるわけですが、あるとき、児童養護施設を訪問したことがありました。

 その施設は親から虐待を受け子どもたちを受け入れる所でした。見知らぬ僕たちをとても怯えた目で見ていました。しばらくコミュニケーションを取り慣れてきたら、こんどはおんぶや抱っこをせがむようになったんです。どんなに怖い体験をしていても子どもは親の愛を求めるんだな、と思いました。でも僕はその子の親にはなれない。それと同時に頭に浮かんだことがありました。僕はもしかしたらこのままだと、ここに来ざるを得ない子どもたちを増やす側になってしまうかもしれない・・・僕の存在が子どもたちの未来を阻む可能性があるのかもしれないと思ったんです。それは絶対にしてはいけないと思いました。」

■ロケット開発は子ども達のために
 2003年に開始した航空宇宙開発の目的は、子どもたちのためだ。養護施設での苦い体験が、宇宙開発へ邁進する意欲を突き動かしたのだという。主力産業で売り上げを立てている分、宇宙開発では採算が合わなくてもいい。その覚悟で開発に踏み切った。

 「いきなり関係ない事業をやりはじめたと言われたこともありました。でも、僕らにとってまったく難しくないことでした。マグネットの製造に使う自動旋盤はロケットに転用できました。宇宙で実験がしたいのに、お金がなくて諦めようとしている人たちがたくさんいることを知りました。だから小さくて軽いロケットを開発しました。僕らは普段から1テスト1パラメーターといって不安要素の数だけ実験して解決を目指します。例えばロケットエンジンが爆発する原因はおよそ4~5つ。原因が分かるまで条件を変えながら爆発させる実験が必要になる。労力や時間がかかる作業だからこそ、コスト削減は不可欠でした。」できない理由を探してつぶしていく。次第にメディアからの注目も集まった。

■微小重力実験塔を作ったわけ
 実験環境を整えるために、微小重力実験塔を作ったのもごく自然な流れだった。高度50メートルから装置を落下させ、約3秒間の微小重力状態が作り出せる実験塔。低コストで繰り返し実験できるのが最大の魅力だ。NASA、JAXAの関係者、東大の教授も来訪し大きなシナジーを生んでいる。

 植松電機で作られたロケットが中継で見られる日はそう遠くない。これまでの打ち上げ回数は約60回。大きな実験の前には毎回逃げ出したくなるのだという。その言葉がとても印象的だった。

■今後の戦略、展望は教育・住宅ローンにしばられない社会づくり
 宇宙開発を含めた今後の展望を聞いてみた。宇宙開発は継続しつつ、他にも実現したいことがあるのだという。聞くと、数年前から考え動きはじめているのが、建築・教育にかかる費用を減らす仕組みをつくることだそうだ。経済を回すためだけの経済構造は、子どもだけでなく大人の可能性をも狭めているのではないか、と警鐘を鳴らす。お金の工面に必死になる家庭が少なくない現実もある。

 「築100年の古民家があるように、現代の技術があれば本来は100年以上持つ家を作ることができる。それなのに今は30年で壊れる家を作る社会になっている。学歴もお金で買える時代になっている。その構造が子ども達に考えなくさせる、という結果を生んでいるように思うんです。なにより生きるために学んだり、やりたいことをやるために時間を割いて欲しい。」

 体験学習に来る子どもたちを観察していると、偏差値が高い子ほど発想力が乏しくなる印象があるという。これには記者も驚いた。子ども達が悪いのではなく失敗を恐れて動けなくなることが問題なのだ。失敗する選択肢がないということは、子ども達から考える機会を奪うことと同義かも知れない。会社経営者、役職者と若手社員の関係でも同じだという。植松氏の決意は固い。

■次世代に必要なこと
 地方創生やグローバル展開が鍵と言われる中「その企業らしさ」を生み出すため試行錯誤してもなかなかうまくいかないこともある。地方から日本全体を元気にしたいと願う植松氏に、これからの地域企業のあり方、伝えたいメッセージを聞いた。

 「同年代の次期経営者や社長と話をすると“そうは言ってもなかなかできないのが現実だよ”と言われます。そう言われると言いにくくなりますが(笑)、食い扶持になる仕事を見つけるまでは、寝ないでやっていく時期が必要と考えて夢中でやってきました。稼げると思ったら倍速で稼いで未来に備える。今できなくてもどうしたらやれるかを徹底的に考えること。お客様も間違っていることがあるんです。だからそれ以上に考え、ベストな提案をする。例えば、マグネットが欲しいと相談を受けても、よく話を聞くとマグネットが正しい解決方法ではないことだってあります。そういう時は“マグネットは買わないほうがいいよ”と伝えて別の解決策を提案します。それじゃ商売にならないじゃないかと言われることもありますけどね(笑)求められる声に応えれば、その人がまた別のお客様を連れて来てくれるんです。真っ当にやるための努力はいつも欠かせません。」

 相手の立場を取りきる着眼点が、植松電機が成長を遂げてきた所以だったのだろう。最後に、時代変化を生き抜くための仕事の極意を聞いてみた。

 「売上を作る仕事5割、未来を創る仕事5割の割合がいいと思います。個人的には未来を創る仕事は7割にしていたい。いい仕事の基準は、(1)やったことがないこと(2)面白そうかどうか(3)相手がいい人か。うちの社員が“こんな実験の依頼来ているんですがどうしましょう?”と質問してくるときは、この3つを軸に考えてもらいます。どんな失敗してもOKなんです。だったらこうしてみたら?って、またやり直せばいいだけですから。」

 淡々と、しかし熱き魂を胸に発する言葉の節々に、心動かされる取材だった。

【地元から日本を盛り上げるキーパーソン】「どうせ無理」をなくす、北海道の元祖下町ロケット

《樋口亜沙美》

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