なぜ、auが月面探査に挑戦? | 東京IT新聞

なぜ、auが月面探査に挑戦?

エンタープライズ 企業動向

 KDDI(au)は、ロボットによる月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」に参加するispace社「HAKUTO」チームの公式パートナーとなり、“純民間”による月面探査に挑むことを発表した。両社は23日、2017年の探査機打ち上げ、並びにレースでの勝利を目指したキックオフ・イベントを開催した。

 今回auとHAKUTOチームが参加する「Google Lunar XPRIZE」は、アメリカのNPO法人XPRIZE財団が運営する国際賞金レースをGoogle(グーグル)がスポンサーとしてサポートするプロジェクト。民間組織による月面無人探査を競うもので、優秀な成績を残した複数のチームに総額賞金3,000万ドル(約33億円)が贈られる。現在世界10カ国以上・16チームが参加するなかで、HAKUTOは日本代表唯一のチームだ。

 そもそもレースは興行目的ではなく、民間による宇宙開発を促進、あるいは宇宙産業全体の発展に寄与するために開催されているものであり、HAKUTOがチームとして参加する意図は、財団の“夢”に共感したからであると、TEAM HAKUTOの代表を務めるispaceの袴田武史氏は語っている。KDDIの田中孝司社長もこの考えに共鳴してHAKUTOチームをバックアップした格好だ。

 レースに参加するチームに課せられたミッションは、純民間の力だけで無人探査機を開発、月に着陸させた後に着陸地点から500m以上を走らせて、現地から高解像な動画と静止画を地球に送信することとなる。ほかにもサブミッションとしてアポロの月面着陸の痕跡などを見つければポイントとして加算される。ミッションは2007年の立ち上げから現在進行中であり、2017年末までの期間にクリアすることが求められている。優勝チームには2,000万ドル、2位のチームには500万ドルの賞金が贈呈される。

 ispace社が運営するHAKUTOチームには、大学の研究機関、そしてHAKUTOの試みに賛同したボランティアを中心に結成した団体・プロボノからもスタッフが集まり、純民間の手による宇宙探査の夢をともに追いかけている。袴田氏は「いま世界は不安定な変革期にある。こういう時代だからこそ、夢を実現して多くの方々に希望を与えたいと考えてレースに参加した。この活動を通じて足跡を残していくことが、世界を良い方向に進める原動力になると信じている」とコメントしている。

 一方で「なぜauが宇宙探査を?」と疑問の声を上げる向きも多いだろう。その答えについては、イベントに参加したKDDIの田中氏はこう述べている。

「アポロ11号の人類初の月面着陸から50年が経った。私も当時は小学校6年生だった。それから宇宙開発の歴史は米ソが国家プロジェクト単位で競争しながら推し進める時代を経て、1970年代には国際宇宙ステーションの開発が進み国際協力のフェーズに移った。やがて1980年代を迎えると民間企業が参入してきて、たくさんの規制も緩和されて、人類にとって宇宙はますます身近になってきた。とはいえ、宇宙開発はまだ多くの人々にとって手の届かないところにあると思っている。裏を返せば『チャレンジできることがまだまだある』ということ。実は当社には50年以上に及ぶ宇宙通信の実績がある。1963年にはKDDIが日本初の日米間衛星テレビ中継をサポートした。それまでは映像を記録媒体に落として郵便していた時代で、リアルタイムで映像を生中継するという技術はここから進化を遂げていった。KDDIは今でも日本最大の衛星通信システムは山口県に構え、南極の昭和基地には毎年当社から越冬隊にスタッフが参加・派遣されている。国際イベントやエベレスト登山などの通信技術を支えているのもKDDI。宇宙・衛星通信においては先端を行く自負がある」

 つまり、KDDIには人類の宇宙開発をバックアップするための先端技術とノウハウがあると田中氏は強調している。ゆえに今回のHAKUTOチームのバックアップを買って出たというわけだが、宇宙探査活動以外にも、KDDIではいま「KDDI∞(無限)Labo」というプロジェクトを展開しながら、さまざまなベンチャーの活動を支援している。その流れの一環として、今回のHAKUTOチームのバックアップを決断した背景もあるようだ。田中氏は「また新しい挑戦ができることをうれしく思う」と語り、壇上で顔をほころばせた。

 「Google Lunar XPRIZE」のレースに参加するための条件として、さしあたって大きなハードルになるのは、限られた民間資本のみでプロジェクトをやり遂げなければならないということだ。HAKUTOチームではこの条件をクリアするための戦略として、探査機を開発するために「小型軽量化」と「民生品の活用」を徹底して推し進めることを選択した。

 「プロジェクトの予算はラフに見積もって10億円。そのうち半分が探査機を月に送り出すための打ち上げ費用になるが、そのコストが探査機の質量によって変動する。そのため、探査機をできる限り小さくすれば費用が圧縮できる。いま開発している探査機の質量は“4kg”を目安にしている。比較を挙げるなら、現在火星に送られている米国の探査機“Quriocity”の質量は900kg、中国のYutuも100kgを超える。レースのライバルであるAstrobotic社が開発する探査機が30kgを見込んでいるので、当社が目指す4kgがいかに小さいか理解いただけるだろう。小さなものをつくる技術は日本が得意とするところ」と、袴田氏は胸を張る。

 もう一つの戦略である「民生品の活用」については、これまでの宇宙機器のように用途に特化して1点ものの機器やパーツを開発するスタイルをやめて、開発が終了している既製品を使うことで、プロジェクトに必要なコストを下げてスピード感を上げていことが主な狙いだ。袴田氏は「既製品を使って十分に実現できることが見えている」と主張する。

 2007年にスタートしたレースは、これまでに30を超えるチームが参加してきたが、途中休止や企業の合併・買収などにより、現在参加する16チームにプレーヤーが絞られてきた。勝利すること以前に、続けることの難しさを味わうチームも少なくないなか、HAKUTOチームは昨年の1月に他の参加チーム4者とともに「中間賞」を受賞。プロジェクトの進行に弾みをつけてきた。

 本日行われたイベントの壇上では、ただいまHAKUTOチームとKDDIが共同で開発を進める4輪型の月面探査機(ローバー)の開発機が公開さえ、簡単な試走デモが行われた。壇上でゆっくりと前後に動く探査機は、月面で想定している走行スピードが秒速約10cm。非常にゆっくりとしたスピードのように思えるが、未知の月面エリアを地球から遠隔操作しながら、障害物を検知して避けて動かすことを考えれば妥当な速度だ。本体には4台のカメラが搭載されていて、レースのミッションにも規定されている前後左右360度のパノラマ視野が得られるように設計されている。

 また、4つの車輪に小さな羽根が付いている理由は、非常に柔らかなパウダー状の砂で覆われている月面をスリップせずに前進させるためである。車輪の半分ぐらいの丈がある岩でも乗り越えられるが、それ以上に大きい物体は障害物として認識して避けながら走る。ボディは比較的大きめに見えるが、質量は袴田氏が目標に掲げる4kgに落とし込まれる予定。軽量化の秘密は本体のカーボン素材。その上に銀のテフロンをコーティングして、電子機器に悪影響を及ぼす恐れのある光を上手に反射させて散らす。電源の仕様については、レースのゴールに相当する500mを走り切るだけの容量がプリセットされる予定だが、ほかにもバックアップ用として本体に充電用のソーラーパネルが実装される予定だ。

 そしていうまでもなく、月面探査機を地球からコマンドを送って安定して走行させるためには、高い通信技術が必要だ。通信の電波は月面環境による影響を受けやすい。HAKUTOチームとauのバックアップを受けて、月面での通信技術に関する協力を仰ぐことになった。auが今回のプロジェクトに対してどのように関わっていくのか、具体的な内容については田中氏が説明を行った。

 田中氏は「auは月面で安定して通信を行うための技術を提供し、同時に地球への動画・静止画の送信まわりでも貢献していきたい」と語った。月面での通信が途切れてしまうことは、すなわちミッションの失敗を招いてしまう。いわばプロジェクトの命運を握るライフラインだ。KDDIは月面に着陸した母線(ランダー)から探査機(ローバー)への通信技術をサポートする役割を担っているが、月面環境はあらゆる面で不測の事態が起こりうる場所であると田中氏は強調する。

 「表面が極端に乾燥しているため、砂が1mm以下のパウダー状になっている。探査機がこれを移動時にできるだけ巻き上げないようにしなければならない。砂の導電率が高ければ電波が反射するし、ガラス成分が多く含まれていれば電波が回折してしまう。また岩などの障害物があれば電波が届かなくなる。当然ながら舗装道路もないオフロード状態なので、ちょっとした窪みや斜面で電波の届き方も変わる。あらゆる条件下で電波を安定した状態で送れる技術を探求している。また、昼間は100度近くまで上がり、夜間は-150度まで冷え込む極端な寒暖差があるため、通常の通信用チップセットでは持ちこたえられずに壊れてしまう。極端な想定外の出来事も含めてシュミレーションを重ねて対策を練っている」という田中氏。KDDIの研究所にある無響実験室に試作中の探査機を持ち込みながら、アンテナの取り付け位置についても様々なテストを行っているという。

 月面ではデータの伝送帯域に限りがあり、実効速度は数10kbps~100kbpsが出ていいところだという。つまりは大きな容量を食う高画質な動画・静止画データの高速通信には不向きであるということだが、そこにauが培ってきたデータ圧縮・復元のための技術を提供しながら貢献したいと田中氏は語っている。具体的には送信前の段階ではなく、受信後にデータの欠落に対するエラー訂正やノイズ除去などを行う方法で技術検討を進めているという。田中氏は「困難なチャレンジだが、確実に成功させてHAKUTOチームをバックアップしたい」と意欲をみせる。

 イベントにはauのCMに月からやってきた“かぐちゃん”として出演中の女優の有村架純や、宇宙飛行士の山崎直子氏が寄せた応援のビデオレターも上映された。また田中氏と袴田氏がプロジェクトロゴの入った旗にお互いの意気込みをメッセージとして記してイベントを締めくくった。

 イベント会場には開発が進む4輪型の探査機に加え、2輪型の探査機が公開され、HAKUTOチームが開発したモバイルアプリによるリモコン操作を体験できる機会も設けられた。実際の打ち上げ後は、探査機の操作については日本のセンターから着陸機を結びプログラムコマンドで操作を行う形になるが、アプリで動く試作機の様子から、前後・旋回動作で月面を走行する姿がイメージできた。なお、月面での着陸機と探査機間は900MHzと2.4GHzの2種類の電波通信方式が検討されているという。それぞれに高速・大容量通信に関しては2.4GHz帯、カバレッジには900MHz帯の優位性を活かしながら効率的に運用していきたいと袴田氏が説明を加えた。

 今後HAKUTOチームはKDDIからのバックアップを受けて、2017年の探査機打ち上げに向けた開発を進めていく。今回のプロジェクトにKDDIが資金面でどれほどのバックアップを供出しているのかについては具体は示されなかったが、HAKUTOチームとしてはクラウドファンディングや一般からのメンバーシップ制のサポートも募りながら「皆様と一緒に夢を実現したい」と呼びかけた。KDDIでは今後、プロジェクトに関連する様々なニュースについても同社のホームページなどで発信していく。

なぜ、auが月面探査に挑戦? 通信技術で宇宙開発を支えるワケとは

《山本 敦》

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