『パプリカ』を観て、衝撃だった。動き回る色の洪水、書き込まれたディテールの洪水、切れ味のいいナイフでスッと切ったようなシークエンスの洪水。それはまったく新しい〝体験〟だった。スクリーンを前に、いろいろなモノの洪水にただ溺れればよかった。
マッドハウスにてアニメーション監督の今 敏さんにお話を聴いた。マッドハウスのスタジオ内を見学させてもらったのだが、そこも人と資料と才能の洪水だった。

今 敏…1963年、北海道生まれ。アニメーション監督。『PERFECT BLUE』(1998年)『千年女優』(2002年)『東京ゴッドファーザーズ』(2003年)『パプリカ』(2006年)など、数々の話題作を発表し、テレビシリーズ『妄想代理人』(2004年)の原作、監督としても知られる。その物語構成や確かな画面作り、計算された演出には、映像作家のなかにもファンが多い。いま次回作が世界中で期待される
和田: 『パプリカ』最高におもしろかったです。今さんが以前インタビューの中で仰っていた、「自分の作品は現代人を皮肉っているわけではない。ネットを介在したコミュニケーションが本物ではないという考え自体を疑うべきで、バーチャルとリアルという二元論はもう古い。いまは“バーチャル込みの現実”を前提とすべき。」という考え方にすごく感銘を受けました。
今: いまだにメディアで「ネットを利用した犯罪」、って言われ方されるじゃないですか。でも「電話を利用した犯罪」っていうのはなかなか言われないですよね。「電話でのやり取りは本物じゃない」って言うこともなかったはずです。そこでなんでネットだけに、「ネットというのが別の世界にあって、一方にリアルな世界がある」っていう、恐ろしく前近代的ともいえるような構造を持ち込むのかって思いますね。
和田: メディアの言い方は、“なにか制御できないものに囲まれている”という印象を残しますね。
今: 特に子供たちに対して「バーチャルの世界で刺激を受けて、現実の世界との区別がつかなくなって犯罪に走り、云々」というような、じつにお年寄りまで納得しやすいモデルって、世間一般的に言われていると思うんですよ。その考え方はポピュラーにはなり得ると思うんだけれども、でもぜんぜん現実的じゃない。じゃあキャバクラはどうなんだ、って思うんですよね。あれ、ある意味バーチャルな世界ですよね。会社の金に手をつけて、女の子に貢いでしまったりするサラリーマンに対しても「バーチャルと現実の区別がつかなくなって」って言うんならわかるんですけど。キャバクラっていうのは現実世界に“込み”にされてるわけじゃないですか。サイバースペースもそう扱われるべきだと思っているわけです。
和田: ぼくもそこに違和感を感じていたんですが、頭の中がなんとなく整理できました。『パプリカ』までの一連の作品で描かれているモチーフは、“虚構と現実“だといえると思うんですが、それを描くことで表現できるものはなんなのでしょうか。
今: もともとはそういう構造自体が面白かったっていうことなんですが。ただやってきた結果、“現実と虚構”っていったって、結局それら込みでその人が捉えている世界観だ、っていうことを言いたかったんじゃないかと思うんですよね。“こっちとあっち”っていう風に線を引くことなんて本当はできないんじゃないのかな?っていう。
例えば、この部屋で二人の人間がしゃべっているっていう状況、これを写真に撮って第三者に客観的に提示することはできるんだけれども、でも話している間にも頭の中では別のことも考えているわけじゃないですか。例えばお腹が空いたとか、寒いとか暑いとか。それは伝えようがないですよね。でも個人の体験っていうのはそういうものだと思うんです。客観的に伝えられるものだけが体験じゃない。「腹減ったから後であそこのラーメン屋にいって」とかそういういろんなイメージ、つまり未来の時間が現在と同時に流れていて、そういうことをなんとかエンターテイメントの形に持ち込めないかって思ったんですよね。
クリエーター新作紹介

版型:A5 定価:1,600円+税 発売:キネマ旬報社
マッドハウスに所属するクリエイターを取り上げる、キネマ旬報社ムックシリーズの第1弾
インタビュアー 和田宗衛門

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【インタビュアー】和田宗衛門
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