《30年の歴史持つ月刊asciiを新装刊》 大学四年で入社の最古参社員がビジネス誌界に挑戦状

2008年09月24日(水)

[ 100 号]

 「月刊アスキー」が9月24日発売の11月号から、誌名を「月刊ビジネスアスキー」に変更する。これまで1年強の間に進めてきたITに強いビジネス誌から一般ビジネス誌へのシフトが一定の成果をあげていると判断。幅広い読者層に訴求するため、誌名を変更して新装刊する。同誌の小林誠司編集長に、「月刊ビジネスアスキー」の編集方針や具体的変更内容など、今後の戦略を聞いた。

1959(昭和34)年生まれ。82年にアスキー入社。06年から月刊アスキー編集長

1959(昭和34)年生まれ。82年にアスキー入社。06年から月刊アスキー編集長


 新装刊第1弾となる11月号。記念すべき最初の特集のテーマは「給料」。業界や会社による給料の違いを比較する内容だ。ビジネス誌と言ってもさまざまだが、ビジネスアスキーは「30代から40代のビジネスマンのためのライフスタイル誌を目指している」(小林氏)。一番気になるお金に焦点を当てた。毎号3大特集を組む予定で、11月号ではほかに、会社の業務の効率アップとエコビジネスを特集する。

 ライバル誌は、読者層が近いということで『日経ビジネスアソシエ』を挙げる。30代のビジネスマンはバブル経済後に社会人になった世代。以前は、ビジネスだけでなく、社会のことは会社で学ぶという状況があったが、今はそうではない。「個人に近いところから、ビジネス、世間という3つの視点で情報を提供していく」(小林氏)構えだ。

ビジネスマンのライフスタイル誌に生まれ変わった 『月刊ビジネスアスキー』

ビジネスマンのライフスタイル誌に生まれ変わった 『月刊ビジネスアスキー』


 11月号ではビジネス誌の名に恥じない記事を盛り込む。社名をパナソニックに変更する松下電器産業が、その歴史に秘められたドラマを掘り起こす連載企画がスタート。ビジネス界の重しのある大物経営者も多数登場する。インタビューや対談では「名前のある方々に登場していただいた」(小林氏)。松井道夫・松井証券社長と松本大・マネックス証券社長の対談は3回連載で取り上げる。

 ネットと金融の融合ビジネスを作り上げたSBIホールディングスの北尾吉孝CEO、モバゲーで携帯ビジネスナンバーワンになった南場智子ディー・エヌ・エー社長らが30代の悩みに答えるインタビューも掲載。マスコミに露出することがきわめて少ない川上量生ドワンゴ会長も大型インタビュー記事で登場する。

個人、ビジネス、世間 3つの視点で情報提供

 ビジネスやITに直結する話題だけではなく、グルジア紛争やサブプライムローン問題といったニュースや、音楽や料理なども取り上げる。3号連続で付録もつける予定。11月号には思考法の一種である「マインドマップ」の入門ガイドだ。個人に近いところから、会社と世間それぞれの関心に対応できるよう「多岐にわたって盛りだくさんにしています」(小林氏)

 編集内容の幅を広げるのに併せて、広告主も多様化する。自動車や飲料、アパレルなども取り入れる方針。一方で、増ページもしながら、価格は当面、戦略的に590円を維持する。

 月刊アスキーはコンピューター雑誌の草分けとして1977(昭和52)年に創刊した。アスキー創業者の一人、西和彦氏が発行人だった。発行部数はピーク時で20万部ほどに達した。先端的な専門知識を先取りできる雑誌として業界をリードしていたが、パソコンが普及するにつれて、一般を対象にした分かりやすい雑誌に押されるようになり、じりじりと部数を落としていった。同時期に、会社としてのアスキー自体も多角化が災いして業績が悪化。独立した経営は困難になり、日本興業銀行(当時)やCSK(当時)、投資ファンドのユニゾン・キャピタルから角川グループへと支援企業あるいは親会社が転々と代わった。

 今回の新装刊は角川傘下に入って2006年10月に、それまでのPC誌からビジネス誌にリニューアルした延長線上にある。「ビジネス誌としての内容が伴ってきた」(小林氏)のを機に、誌名にビジネスを加え、「ASCII」の表記もカタカナにした。実は「ASCII」をアスキーと読めない人も少なくないという。カタカナにするのは、これまで取りこぼしていた一般のビジネスマンを読者に取り込むという強い意志の表れだ。

 小林氏はビジネス誌への転換の準備期間に編集長に就任した。なぜ指名されたのかとの問いかけには「雑誌は読者によって育てられる生き物。その流れを知っていたからかな」と答える。実は小林氏は現在、アスキー(現在アスキー・メディアワークス)の最古参社員になった。小林氏がアスキーに入社したのは1982年9月。コンピューター好きで、秋葉原のビットイン(NECのサービスセンター)でアルバイトしていた。友達に勧められて購読していた月刊アスキーで、あるとき社員募集案内を見つけた。「コンピューターに触れられる」との思いから、早速訪問。後にインプレスを創業する塚本慶一郎氏らと「UNIXっておもしろいですよね」などと1時間足らず話すと、「で、いつから来れるの?」。大学4年生だったが、9月1日には中途入社扱いでアスキーの門をくぐった。

遺伝子継ぎ、群雄割拠の分野へ

 以来アスキー一筋。メーカーから請け負ったOEMのマニュアルづくりやマルチメディアソフトのプロジェクトなどに関わった。雑誌の編集としては、日本で初めて、CD-ROMを毎号付録にした「アプリンク」などを経て、1997年に副編集長として月刊アスキーに配属された。その後は一貫して月刊アスキーに携わっている。「社内では生きた化石と呼ばれることもある。確かに遺伝子は受け継いでいるかも知れませんね」(小林氏)

 ITはいまや、すべてのビジネスマンにとって必要不可欠な素養になった。発想の原点にITの遺伝子を持つビジネスアスキーの特徴が強みだ。「群雄割拠のビジネス誌業界に挑む新参者」(小林氏)として、本格的な挑戦が始まる。

小林氏を知る3つのキーワード

《最近気に入っているWebサービス》 仮想空間
時間のあるときには仮想空間に遊びに行くことが多い。なかでも、セカンドライフは昨年初め頃から関わりはじめ、いまではヘビーユーザーです。コミュニケーションからものづくりまでいろいろ試しています。weblin(ウェブリン)というサービスもおもしろいですよね。仮想空間は、今はWeb2.0と同様に谷底に向かっていますが、グーグルも始めているし、世界各国で様々なサービスが立ち上がっています。遊びだけでなく、事業の観点からも注目しています。

《最近読んだ本》 神々の「Web3.0」(小林雅一著、光文社)
仮想空間の話題をはじめとして、インターネットの技術やビジネスの潮流を分かりやすくまとめてあった。「グーグル、ユーチューブ、SNSの先に何があるのか?」という副題だった。ずっとIT周辺の世界にいるが、こんなにも大きな変化が何回も訪れることはほかのどこにもない。

《アスキーの伝説の経営者たち》
採用してくれた塚本慶一郎さんのほかにも、アスキーにはそうそうたる顔ぶれの人たちがいた。社長は郡司明朗さん、西和彦さんは副社長でした。私が入社した頃のアスキーは、マイクロソフトとの事業が活発に行われていて、西さんは日米を行ったり来たりしていて、ほとんど日本にいなかったようです。後にマイクロソフトに転じた成毛眞さんや古川亨さんもいた。表参道のオフィスは活気に満ちていましたね。
( 文:麻田桂、写真:岡部ユミ子 )


記事についてのご意見・ご感想

東京IT新聞 特集ラインナップ

専用サーバ・専用レンタルサーバーは at+link におまかせ!

Apple Store(Japan)

東京IT新聞HOTキーワード
東京ITイベント情報

イベントカレンダーを見る カレンダーを見る