【視点・論点】第4回 「変化」に適応するための食品企業におけるIT活用(1)

2008年06月03日(火)

[ 85 号]

トレーサビリティは「セーフティネット」ではない

 食の安心を支える食品安全に関連して、ITが活用できることといったら、読者の皆さんの念頭にはまず「トレーサビリティ」という単語が浮かぶだろう。トレーサビリティとはおおむね「店頭にある特定の商品について、その原材料や製造、流通プロセスに関する情報を、常に必要に応じて取り出せる状況にしておくこと」という概念であり、通常は「何か事故が起こったときに、その原因を早急に突き止める/類似の事故を続発させないために当該商品に関連する商品の製造・流通をすばやく止めるための仕組み」という理解が一般的かもしれない。日本においてトレーサビリティが本格的・大規模に導入されるきっかけはBSE問題に対応した肉牛の個体識別制度であり、その根本思想が上記のようなものであったことから、このような理解はある程度やむを得ないことなのかも知れない。

 しかしながら、トレーサビリティの本来の役割は万一の事故に対する安全網としての役割ではない。トレーサビリティの本質は、これらの情報を関連各部署で日常的に収集・蓄積する作業それ自体を通した品質管理であり、原材料メーカーや流通企業とのコミュニケーションを通した関係性の向上=相互に対する信頼感の醸成にあるべきだ。逆にこれらの関係が十分でないままにトレーサビリティの仕組みだけを入れたとしても、それはセーフティネットとしての役割も果たさないものと考えられる。なぜなら日常的な品質モニタリングや川上・川下との信頼関係がない限り、いかに立派なシステムを入れたところで情報の抜け漏れや更新頻度・正確性に疑問が残ることは明白だからだ。

 このように言うとトレーサビリティシステムというのはとてつもなく大げさな仕組みのように思われるかもしれない。あるいはなんとも味気ない、非人間的な活動に思われる方もあるかもしれない。しかしながら前述のような「本質」を考えれば、実は昔からある「信頼の連鎖」が現代的な装いをしているだけに過ぎないことに気がつく。一流の料理店は限られた調達ルートからしか食材を入れないし、限られた顧客にしかサービスを提供しない。彼らはそのようなビジネススタイルを取ることで氏素性の知れた原料を安定的に確保し、趣味嗜好の分かった販売先に商品を提供することで高い品質と顧客満足度をクリアさせている。またこのような店に食材を納める業者は、看板にかけて高品質の食材を集めるだろうし、客はその場を楽しむための相応の素養を身につけようと努力するだろう。トレーサビリティシステムの本質も、原材料の生産者から消費者にいたるまでこのような「相互に信頼しあい、高めあう」関係を作るためのものであろうと考える。これを大規模かつ低コストで実現させるために、ITの力は存分に発揮できるものと思われる。大量の情報を捌く技術と、(QRコード読取り機能付き携帯電話など)手軽に情報を読み書きできる端末が普及している環境をどのように生かし、サプライチェーンを通した相互信頼関係をつなぐかが、ブランドをもつ食品メーカー各社に問われていることであろうと考える。
( 株式会社CDIソリューションズ 取締役 小川 克己 )


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